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ゲームコントローラーの歴史 – ジョイスティックから十字キー、モーション操作、ハプティクスまで

パドルとジョイスティックに始まり、十字キー、アナログスティックと振動、Wiiリモコン、タッチスクリーン、ハプティックフィードバックとアダプティブトリガーまで、ゲームコントローラーの変遷をまとめました。

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ゲームコントローラーは、プレイヤーがゲームの世界に手を伸ばすための通り道です。画面に何が映っていても、プレイヤーにできることは結局、手に持った装置が許す範囲の中で決まります。そのため、コントローラーの形が変わるたびに、ゲームの作り方も一緒に変わってきました。

この記事では、初期のゲーム機のダイヤルとジョイスティックから出発し、ファミコンが広めた十字キー、3Dゲームとともに登場したアナログスティックと振動、体を動かすWiiリモコン、指で直接触れるタッチスクリーン、そして指先に繊細な感覚を伝えるハプティックフィードバックとアダプティブトリガーまでを順に見ていきます。それぞれの変化がどんな問題を解こうとし、ゲームデザインにどんな跡を残したのかもあわせてまとめました。

ひと目でわかる概要

時期代表的な機器新しく生まれた入力方式
1970年代初めマグナボックス・オデッセイ、ポンダイヤル(ノブ)で位置を調整
1977年Atari 26008方向のデジタルジョイスティックとボタン1つ
1980年代ゲーム&ウオッチ、ファミコン十字キーとA・Bボタン
1990年代初めスーパーファミコン前面ボタン4つとショルダーボタン
1990年代後半NINTENDO64、デュアルショックアナログスティックと振動
2000年代ニンテンドーDS、Wiiタッチスクリーン、モーション操作
2007年以降スマートフォンマルチタッチと傾きセンサー
2010年代後半〜Nintendo Switch、DualSense精密な振動(HD振動・ハプティクス)、アダプティブトリガー

ダイヤルとジョイスティックの時代

家庭用ゲーム機の最初のコントローラーは、今の基準で見るととてもシンプルでした。1972年に発売されたマグナボックス・オデッセイは、箱型のコントローラーについたダイヤルを回して画面上の点を動かす方式でした。同じ年にアタリが出したアーケードゲーム『ポン』も、つまみを回してバーを上下に動かしました。

このように回すつまみで位置を決める装置は、一般に「パドル」と呼ばれます。パドルは回した分だけバーが正確についてくるため、ボールを打ち返すゲームによく合っていました。入力が「押した/押していない」ではなく連続した値であるという点で、後に登場するアナログ入力の遠い祖先といえます。

1977年に発売されたAtari 2600(当時の名前はVideo Computer System)は、ジョイスティックを家庭に広く広めました。標準のジョイスティックCX40は、スティック1本と赤いボタン1つでできていました。スティックを倒すと内部のスイッチが押される構造なので、どれだけ倒したかではなく、どの方向に倒したかだけを読み取れました。上下左右と斜めを合わせて8方向を区別するデジタル入力です。

「ジョイスティック」という名前そのものは、飛行機の操縦桿から来た言葉です。アーケードゲーム機には大きなレバーとボタンがそのまま残り、今も格闘ゲームファンが使う「アーケードスティック」へとつながっています。

十字キーの登場とファミコン

ジョイスティックは机や床に置いて使うには便利でしたが、大きくてスティックが飛び出しているため、携帯機には向いていませんでした。この問題を解決したのが十字型の方向キー、いわゆる「十字キー」です。

任天堂の横井軍平が率いる開発チームは、携帯ゲーム機ゲーム&ウオッチの『ドンキーコング』(1982年)に、十字型の平たい方向キーを搭載しました。親指1本で4方向を押すことができ、出っ張りがないのでポケットにも入れやすくなりました。

1983年に日本で発売されたファミリーコンピュータ(ファミコン)は、この十字キーを家庭用ゲーム機に持ち込みました。左手の親指で方向を、右手の親指でA・Bボタンを押す配置は、その後のゲームパッドの基本形になりました。北米ではNESという名前で発売され、同じ構成を受け継ぎました。

十字キーの長所は正確さです。1マスずつ正確に動く必要があるアクションゲームやパズルゲームでは、「押したかどうか」がはっきりした入力のほうがかえって有利です。そのため、アナログスティックが標準になった今でも、ほとんどのゲームパッドには十字キーが残っています。

ボタンが増える:16ビット時代

1980年代後半から1990年代初めにかけて、ゲームが複雑になるにつれてボタンの数は急速に増えました。

セガのメガドライブ(北米名ジェネシス)は、最初はA・B・Cの3ボタンパッドを使い、後に6ボタンのパッドを別に発売しました。弱・中・強の攻撃を使い分ける格闘ゲームのようなジャンルが人気を集め、より多くのボタンが必要になったためです。

1990年に発売されたスーパーファミコン(北米名SNES)のコントローラーは、前面にA・B・X・Yの4ボタンをひし形に配置し、上側の角にL・Rのショルダーボタンを付けました。親指1本で4つのボタンを行き来し、人差し指でショルダーボタンを押すこの構成は、今日のゲームパッドの前面配置にとても近いものです。

この時期の変化は、「指の位置を変えるだけで、より多くの行動ができるようにしよう」という方向でした。人差し指まで使うようになり、コントローラーは2本の親指だけで扱うものから、手全体で握るものへと変わっていきました。

3D時代:アナログスティックと振動

1990年代半ばにゲームが3D空間へ移ると、8方向のデジタル入力では足りなくなりました。キャラクターが360度どの方向にも歩き、少し倒せばゆっくり歩き、いっぱいに倒せば走る、といった細かな操作が必要になったためです。

1996年に発売されたNINTENDO64のコントローラーは、中央に親指で操作するアナログスティック(3Dスティック)を搭載しました。持ち手が3つに分かれた独特の形で、背面には人差し指で引くZトリガーがありました。同じ年、セガもサターン用にアナログスティック付きのマルチコントローラーを発売しました。

振動もこの頃から標準機能になり始めました。任天堂は1997年、NINTENDO64のコントローラーに差し込む振動パックを発売しました。同じ年、ソニーはアナログスティック2本と振動モーターを搭載したデュアルショックを発表し、これがその後プレイステーションの標準コントローラーになりました。

デュアルショックが定着させた「左スティックで移動、右スティックで視点」という操作は、今も3Dゲームの基本文法として使われています。2001年頃から登場したXboxやゲームキューブのコントローラーも、大枠では「スティック2本+十字キー+前面ボタン4つ+ショルダーボタン・トリガー」という同じ構成に沿っていました。

その後、Xbox 360(2005年)はワイヤレスコントローラーを標準で採用し、有線接続が当たり前だった時代は次第に終わっていきました。

体を動かすモーション操作:Wii

2006年に任天堂が発売したWiiは、コントローラーの形を再び大きく変えました。Wiiリモコンはテレビのリモコンのように片手で持つ棒状で、内部に加速度センサーが入っており、振ったり傾けたりする動きを読み取りました。先端の赤外線カメラがテレビの近くに置いたセンサーバーの光を読み取り、画面の一点を指すポインターとしても使えました。

左手には、アナログスティック付きのヌンチャクをつないで使うことができました。テニスのラケットを振るように腕を動かす操作は、従来のゲームパッドのボタン配置を難しく感じていた人々にとって、はるかに直感的でした。2009年には、回転の動きをより正確に読み取るWiiモーションプラスが追加されました。

同じ年に発売されたソニーのプレイステーション3の標準コントローラーSIXAXISにも、傾きを読み取るモーションセンサーが搭載されました。2010年には、ソニーのPlayStation Move、そしてコントローラーを使わずにカメラで全身の動きを読み取るマイクロソフトのKinectが登場しました。

モーション操作は、「ゲームをするにはまずボタン配置を覚えなければならない」という参入障壁を下げた点で大きな意味があります。一方で、長時間遊ぶと腕が疲れ、精密な操作には依然としてボタンとスティックが有利だという限界もはっきりしていました。その後、モーションセンサーは独立した操作方式というより、照準を細かく補正する「ジャイロエイム」のように、従来のコントローラーを補う機能として定着しました。

指がそのままコントローラー:タッチスクリーン

2004年に発売されたニンテンドーDSは、下の画面をタッチスクリーンにしました。タッチペンで画面を直接押したり描いたりする操作は、絵を描く、文字を書く、画面上の物をドラッグして置くといった、ボタンでは難しかったゲームを可能にしました。

2007年にアップルがiPhoneを発売し、翌年にApp Storeが始まると、タッチ操作はゲーム機の外へ大きく広がりました。静電容量式のマルチタッチ画面は複数の指を同時に認識し、端末内の加速度センサーで傾きも読み取りました。指ではじいて飛ばす、なぞって切る、1回タップしてジャンプするといった操作が、モバイルゲームの基本になりました。

タッチスクリーンには、物理ボタンがないというはっきりした弱点があります。指が画面を隠し、ボタンを押した感触がないため、画面を見ずに操作するのが難しいのです。そのためモバイルゲームは、画面に仮想スティックを描くよりも、タップやスワイプだけで済む操作を中心に発展してきました。操作を減らして自動化するデザインが増えた背景には、こうした入力方式の特性が大きく関わっています。

任天堂は2012年、Wii Uでタッチスクリーン付きのWii U GamePadを発売し、ゲームパッドと画面を一つにまとめる試みも行いました。

指先で感じる時代:ハプティクスとアダプティブトリガー

以前の振動は、多くがおもり付きのモーターを回して機器全体を揺らす方式でした。強さの調整はできても、「どこで何に触れたか」のような繊細な感覚を伝えるのは困難でした。

2013年に発売されたXbox Oneのコントローラーは、左右のトリガーの中にも振動モーターを入れ、指先に個別に振動を伝えられるようにしました。2017年のNintendo SwitchのJoy-Conは、「HD振動」という名前で、従来よりはるかに細かい振動パターンを表現しました。Joy-Conは本体の両側に付けたり外したりでき、1人で2本を使うことも、2人で1本ずつ分けて使うこともできる点でも新しい形でした。

2020年にPlayStation 5とともに登場したDualSenseは、ハプティックフィードバックとアダプティブトリガーを搭載しました。ハプティックフィードバックは、グリップ内のアクチュエーターで振動の位置や質感を細かく分けて表現する機能です。アダプティブトリガーは、L2・R2ボタンを押すときの抵抗をゲームの状況に応じて変えることができます。弓の弦を引く感覚や、引き金が引っかかる感触を指で直接感じられるようにするといった使い方です。

この段階で、コントローラーは入力を受けるだけの装置ではなく、ゲームがプレイヤーに情報を返す出力装置としての役割も大きく担うようになりました。映像と音に加えて、触覚が3つ目の情報の通り道になったといえます。

誰もが使えるコントローラー

コントローラーの発展は、機能を増やす方向だけではありません。2018年にマイクロソフトが発売したXbox Adaptive Controllerは、大きなボタン2つと多数の接続端子で構成されています。ユーザーは自分の体の状態に合ったスイッチやボタン、ペダルを差し込み、好きな位置で操作できます。

ボタンの割り当て変更、片手操作モード、長押しを1回押しに変える設定のように、ソフトウェア側で入力方式を調整する機能も多くのゲームに取り入れられました。コントローラーは人に合わせる方向へ発展しているといえます。

まとめ:コントローラーがゲームを変えた道筋

ゲームコントローラーの歴史を振り返ると、いくつかの流れが見えてきます。

  • 連続入力 → デジタル → 再びアナログ:パドルのダイヤルから始まり、ジョイスティックと十字キーのデジタル入力を経て、3D時代にアナログスティックで再びアナログへ戻りました。
  • 入力の種類が増えた:ボタンと方向から、傾ける、振る、指す、触れるまで、機器が読み取れる動作が増えました。
  • 出力装置としてのコントローラー:単純な振動からハプティクスとアダプティブトリガーまで、コントローラーはプレイヤーに感覚を返す役割を担うようになりました。
  • 参入障壁を下げる:Wiiリモコン、タッチスクリーン、アクセシビリティ向けコントローラーは、いずれも初めてゲームをする人でも簡単に操作できるようにする試みでした。

新しいコントローラーが登場するたびに、その入力方式に合ったゲームも一緒に生まれました。十字キーは正確なアクションゲームを、アナログスティックは3Dアクションを、モーション操作は体を使うパーティーゲームを、タッチスクリーンは片手で遊ぶカジュアルゲームを育てました。次のコントローラーがどんな形になっても、その変化は再び新しいゲームの形へとつながっていくでしょう。

参考資料

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